
「うちの子にとって、良い保育園・幼稚園ってどこ?」
そんな疑問を持つパパ・ママも多いのではないでしょうか?
幼児期の教育環境は、子どもの成長に大きな影響を与えます。
でも、「何を基準に選べばいいの?」「保育の質ってどうやって判断するの?」と迷ってしまいますよね。
実は、世界中の研究者や教育機関が「ECERS(幼児保育環境評価スケール)」という基準を使って、幼児教育や保育の質を評価しています。
これは、子どもにとって最適な学びの環境を整えるための信頼できる指標なんです。
この記事では、ECERSを用いた研究をもとに、良質な保育・幼児教育環境とは何かをわかりやすく解説!
保育園・幼稚園選びのポイントや、家庭でできる環境づくりのヒントもご紹介します。
「子どもにとって最適な環境を整えたい」という方は、ぜひ最後までご覧ください!
I. ECERS(幼児保育環境評価スケール)の概要

ECERSの定義と目的
ECERS(Early Childhood Environment Rating Scale:幼児保育環境評価スケール)は、主に3歳以上の集団保育の質を測定するために、米国においてHarmsらによって開発された評価ツールです。
保育環境におけるさまざまな側面と、保育者と子どもの相互作用を評価することで、保育の質を総合的に把握することを目的としています。
この尺度は、保育の質の向上、研究の推進、国際比較などを目的として広く活用されています。
ECERSは、保育環境の質を評価し、その結果を改善に役立てるための標準化された尺度を提供します。
ECERSの発展
ECERSは1980年に初版が発行されて以来、1998年にECERS-R、2015年にはECERS-3と、時代の変化や研究の進展に合わせて大幅な改訂が行われてきました。
最新版であるECERS-3は、より現代的な保育の視点を取り入れ、保育者と子どもの関わりや、子どもが主体的に学ぶ力を育む視点が重視されています。
これらの改訂は、保育の質に関する理解を深め、評価尺度としての精度を高めるための継続的な努力を示しています。
サブスケールと評定方式
ECERSは、保育環境のさまざまな側面を評価するために、複数のサブスケールで構成されています。
例えば、ECERS-3では、「空間と家具」「養護」「言葉と文字」「活動」「相互関係」「保育の構造」の6つのサブスケールが含まれています。
各サブスケールはさらに細分化された項目で構成され、それぞれの項目には具体的な指標が複数設定されています。
保育者はこれらの指標に基づいて保育の様子を観察し、各項目を7段階(1点が不適切、7点が非常に良い)で評定します。
この詳細な評価システムにより、保育の質の具体的な強みや改善点が見えてきます。
表1:ECERS-3のサブスケールと主な評価領域
サブスケール | 主な評価領域 |
空間と家具 | 室内空間の広さ、家具の配置、遊びや学びのスペース、休息スペースなど |
養護 | 健康管理、安全管理、食事、排泄、午睡など、子どもの生理的欲求への配慮 |
言葉と文字 | 絵本、文字教材、保育者の言葉かけ、子ども同士の会話など、言語発達を促す環境と活動 |
活動 | さまざまな遊びや学びの活動の提供、子どもの興味関心に基づいた活動の展開など |
相互関係 | 子ども同士の関わり、保育者と子どもの関わり、個々の子どもへの配慮など、社会性と情緒の発達を促す関わり |
保育の構造 | 一日のスケジュール、集団構成、保育者の役割分担、保護者との連携など、保育運営の体制 |
国際的な普及と活用
ECERSは、その信頼性と妥当性の高さから、アメリカをはじめとする英語圏の国々だけでなく、ヨーロッパ、アジア、アフリカなど、20カ国以上で使用されています。
さまざまな文化や社会背景を持つ国々で、幼児教育・保育の質の調査やモニタリング、保育者の研修など、幅広い目的で活用されており、国際的な視点から保育の質を比較検討する上で重要な役割を果たしています。
II. 研究ツールとしてのECERS

定量的研究における応用
ECERSは、保育の質を数値化して評価できるため、客観的なデータに基づいた定量的研究において非常に有効なツールとなります。
クロスセクショナル研究(横断的研究)や longitudinal study(縦断的研究)、介入研究など、さまざまな研究デザインで活用され、保育の質の現状把握や、保育環境の変化が子どもに与える影響、特定の保育方法の効果などを検証するために用いられています。
プロセスと構造の質の評価
ECERSは、保育の「構造の質」と「プロセスの質」の両面を評価できる点が特徴です。
構造の質とは、保育者の配置基準、研修の状況、施設設備など、保育の基盤となる要素を指します。
一方、
プロセスの質とは、保育者と子どもの相互作用、提供される活動の内容、子どもたちの主体的な活動の様子など、日々の保育の中で実際に展開される質を指します。
ECERSを用いることで、これらの両側面から保育の質を総合的に評価することが可能になります。
子どもの発達との関連性
ECERSを用いた研究の重要な焦点の一つに、保育の質と子どもの発達との関連性を明らかにすることが挙げられます。
質の高い保育環境が、子どもの社会性、情緒、認知能力、言語発達、就学準備などにどのような影響を与えるのかを、ECERSの評価を通じて分析する研究が数多く行われています。
これらの研究は、質の高い幼児教育の重要性を裏付けるエビデンスを提供します。
III. ECERSを用いた国際的な研究(概要)

英語圏における研究
ECERSは、米国をはじめとする英語圏の国々で広く利用されており、多くの研究が蓄積されています。
特に、イギリスで行われたEPPE(Effective Provision of Pre-school Education:効果的な就学前教育の提供)プロジェクトは、大規模な縦断研究として知られており、ECERS-Rを用いて就学前教育の質が子どもの発達に与える長期的影響を調査しました。
この研究では、ECERS-Rの評価が高い保育プログラムを受けた子どもは、社会的相互関係において「自主性」と「協調性」に優れる傾向があることが示されました。
その他の国々における活用
ECERSは、英語圏以外の国々でも、幼児教育の質の調査やモニタリングのために活用されています。
北欧、アジア、アフリカなど、さまざまな文化的背景を持つ国々で、ECERSがどのように適用され、どのような知見が得られているのかについての研究も存在します。
これらの研究は、ECERSの普遍性と、文化的な違いによる適用上の課題を示唆しています。
IV. 日本におけるECERSを用いた研究

日本への導入と翻訳
日本においては、ECERS、ECERS-R、そしてECERS-3の日本語版が刊行されており、「新・保育環境評価スケール①〈3歳以上〉」として保育現場や研究において活用されています。
日本語版の普及により、日本の保育者や研究者がECERSを用いた保育の質評価や研究に取り組みやすくなりました。
保育の質に関する研究
日本の保育現場における保育の質をECERSを用いて評価する研究が行われています。
例えば、千葉県内の認可保育所と認定こども園を対象とした調査では、ECERS-3を用いて保育の質が評価され、全体的な平均点が過去の調査と比較して良好であることが示されました。
この調査では、施設の設立年数や立地条件などがECERS-3のスコアに影響を与える可能性も示唆されています 。
保育環境と子どもの発達に関する研究
海外の研究と同様に、日本の研究においても、ECERSを用いて保育環境の質を評価し、それが子どもの発達にどのような影響を与えるのかを探る試みが見られます。
高槻双葉幼稚園の事例では、ECERSの指標に基づいた環境改善が、子どもたちの遊びや活動に肯定的な変化をもたらしたことが報告されています。
保育現場への導入と効果
ECERSは、研究ツールとしてだけでなく、保育の質を向上させるための実践的なツールとしても活用されています。
埋橋玲子と岡部祐輝(2019年)の研究では、保育現場へのECERSの導入が、保育の質の改善や、保育者が持つ実践的な知識を言語化する上で役立つ可能性が示唆されています。
高槻双葉幼稚園の事例も、ECERSが保育者にとって評価というよりも、保育の質を高めるための手引きとしての役割を果たし得ることを示唆しています。
他の評価ツールとの比較
ECERSと他の保育の質評価ツールを比較検討する研究も行われています。
同志社女子大学の研究ノートでは、ECERSとSSTEW(Sustained Shared Thinking & Emotional Well Being)という異なる特徴を持つ二つのスケールを用いて保育の質を検討し、それぞれのスケールが保育の異なる側面を捉えることができることを示しました。
ECERSは保育環境の総合的な質を評価するのに対し、SSTEWは保育者の子どもへの関わりに焦点を当てています。
日本におけるECERSの適用と課題
日本の幼児教育・保育の文脈に合わせてECERSを適用したり、新たな評価スケールを開発したりする試みも行われています。
国立教育政策研究所の研究プロジェクトでは、ECERS-3やECERS-Eなどの海外の質評価スケールを参考にしつつ、日本の幼児教育・保育の文化や文脈に沿った質評価スケールの作成を目指しています。
また、経済社会総合研究所の報告書では、ECERSを用いた評価におけるスコアリング上の課題や、評価指標の順序に関する問題点が指摘されており、日本における幼児教育の文脈に合った質評価尺度の開発が期待されています。
表2:日本におけるECERSを用いた主な研究事例(本稿で言及されたもの)
研究者名(年) | 研究テーマ/内容 | ECERSバージョン | 主な知見・示唆 |
---|---|---|---|
埋橋玲子、岡部祐輝(2019) | 保育環境評価スケール (ECERS) の保育現場への導入―評価を改善に結びつける,実践知の言語化のツールとして― | 不明(ECERS全般について言及) | ECERSの導入が保育改善や実践知の言語化に役立つ可能性 |
浜田真理子(2019) | 木の実幼稚園の造形活動 ― ECERS の視点より | 不明(ECERS-3に言及) | ECERSの視点から保育の質を具体的に示す試み |
千葉県A市、B市、C市、D市 | ECERS-3を用いた保育の質調査 | ECERS-3 | 県全体の保育の質の現状把握、施設属性とスコアの関連性 |
高槻双葉幼稚園 | 保育環境評価スケール(ECERS)の導入事例 | ECERS-R、ECERS-3 | ECERSの指標に基づいた環境改善が子どもの遊びや活動に肯定的な変化をもたらす |
国立教育政策研究所 | 日本の幼児教育・保育の文脈に沿った質評価スケールの作成研究 | ECERS-3、ECERS-E | 海外のスケールを参考に、日本独自の質評価スケール開発の試み |
V. 日本におけるECERS研究の主な知見と考察
全体的な質の水準
千葉県におけるECERS-3を用いた調査結果からは、日本の認可保育所における保育の質は、過去の関東近郊の自治体の調査と比較して良好な水準にあることが示唆されています。
しかし、サブスケール別に見ると、「活動」のスコアが低い傾向も見られ、今後の改善の余地があると考えられます 。
保育の質に影響を与える環境要因
千葉県の調査では、施設の設立からの年数が長いほどECERS-3の合計スコアが高くなる傾向がある一方、駅からの距離が遠くなるほどスコアが低くなる傾向が見られました。
これは、保育所の運営経験や地域との連携などが保育の質に影響を与える可能性を示唆しています。
保育者の信念と実践の関連性
同調査では、施設長と保育士ともに学力中心主義の信念が強いとECERS-3の合計スコアが低くなる傾向があり、施設長が子ども中心主義の信念が強いとスコアが高くなる傾向が見られました。
この結果は、保育者の教育観が保育の質に影響を与える可能性を示唆しており、保育者の研修や意識改革の重要性を示唆しています。
ECERS導入による効果
高槻双葉幼稚園の事例研究や埋橋・岡部の研究からは、ECERSを保育現場に導入することで、保育環境の改善、保育者の意識向上、子どもたちの主体的な活動の促進といった効果が期待できることが示唆されています。
ECERSの指標を参考に保育環境を見直すことで、子どもたちがより豊かに活動できる環境づくりが進められると考えられます。
改善が期待される領域
国立教育政策研究所の研究プロジェクトでは、ECERS-3を実施した結果、「言葉と文字」や「活動」の評点が低めであったことが指摘されています。
これは、日本の保育現場において、言語発達を促す環境や、子どもの主体性を引き出す活動の提供に、より一層の工夫が必要であることを示唆しています。
VI. 研究におけるECERS利用の課題と検討事項
文化的な適切性
ECERSは米国で開発された尺度であり、日本の文化や保育の価値観との間にずれが生じる可能性が指摘されています。
日本の保育では、「みんなで一緒に」活動することの意義が重視される傾向がありますが、ECERSは必ずしも集団活動の質を高く評価するとは限りません。
このような文化的な背景の違いを考慮し、ECERSをそのまま適用するのではなく、日本の文脈に合わせた解釈や、必要に応じて尺度の修正や開発を行うことが重要です。
スコアリングと解釈の課題
経済社会総合研究所の報告書では、ECERSのスコアリング方法における課題が指摘されています。
例えば、一つの項目の中に性質の異なる指標が含まれている場合、項目のスコアが適切に反映されない可能性があります。
また、評価指標の難易度が必ずしも順序立てられていないため、スコアの解釈を難しくする場合があります。
これらの課題を踏まえ、ECERSの最新版であるECERS-3について、日本のデータに基づいて検証することが求められています。
環境への偏重と教育学の視点
ECERSは、主に保育環境の質を評価する尺度であり、保育者の教育学や子どもとの具体的な関わりといった、より動的な側面を十分に捉えられない可能性があります。
ECERS-3では保育者と子どもの関わりがより重視されるようになっていますが、SSTEWのように保育者の発話や行動に焦点を当てた尺度と組み合わせることで、より多角的な評価が可能になると考えられます。
実施上の課題
多忙な保育現場において、ECERSを用いた評価を実施するには、観察時間の確保や、トレーニングを受けた評価者の育成など、多くの時間と労力が必要となります。
また、評価者の主観が入り込む可能性を排除するために、客観的な視点を持つことの重要性も指摘されています 。
標準化と個別性のバランス
ECERSのような標準化された尺度を用いることは、保育の質を客観的に評価し、比較することを可能にする一方で、個々の保育現場の主体性や特色を十分に捉えられない可能性があります。
保育の質を向上させるためには、標準化された評価と、それぞれの現場の状況に応じた柔軟な取り組みの両方が重要となります。
VII. 結論と今後の研究方向性

日本の幼児教育・保育研究において、ECERSは保育の質を評価するための重要なツールとして活用されており、保育環境の現状把握、改善点の発見、国際比較などに貢献しています。
ECERSを用いた研究から、日本の保育の質の全体的な傾向や、質に影響を与える要因、導入による効果などが明らかになりつつあります。
しかし、ECERSはもともと欧米の文化に基づいて開発された尺度であるため、日本の文化的背景や保育の価値観との適合性については、引き続き検討が必要です。
スコアリングや解釈における課題も指摘されており、日本におけるECERSの妥当性や信頼性を高めるための検証が求められます。
今後の研究においては、以下の方向性が考えられます。
- 日本の保育現場におけるECERSスコアと、子どもの発達との関連性をより詳細に調査する研究。
- ECERSの評価結果に基づいた保育改善 intervention(介入)の効果を検証する研究。
- ECERSを参考にしつつ、日本の幼児教育・保育の文脈に特化した、より文化的に適切な質評価ツールを開発する研究。
- ECERSの異なるバージョン(ECERS-RとECERS-3など)を日本の保育現場で比較し、それぞれの特徴や適用可能性を検討する研究。
- ECERSによる定量的な評価と、保育者の語りや子どもの様子を捉えた質的な研究を組み合わせることで、保育の質に関するより深い理解を目指す研究。
これらの研究を通じて、ECERSが日本の幼児教育・保育の質の向上にさらに貢献していくことが期待されます。